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MailMagazine:ほんとうの佐川急便  Vol.1 佐川急便との出会い
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あの社長に出会ってなければ、佐川急便に勤めることはなかったと思います。
この経験で、人との出会いがとても不思議に、またとても大事だと痛感しました。

あれは平成3年の2月中旬、昨年まで勤めていたガソリンスタンドを辞め、鳶の友達に誘われ「ヤマ」で生計を立てていました。

当時は土工で日当15,000円程もらえ、仕事にあぶれることもありません。
自宅は家賃4万3千円の木造アパート、男1人の生活になんの不安もありません。
この頃の充実した日々は今では良い思い出です。

25歳にもなって好きなことをしている本人の幸せと裏腹に、親の不安は募るばかり・・・。
ある日、親父に呼び出され、紙工業関係の会社へ勤めてみないかと勧められました。

私には親父の心配を反故にする理由もなく、面接を受けることにしました。
当時、本石町にあったA紙工業で課長が面接してくれました。結果は後日連絡してくれるとのこと。

数日後電話で結果を社長が直接伝えるから、必ず来社するように言われました。
社長自ら伝えたいことって何だろう? 何か重大なことでもあるのだろうか?

結果は不採用。

電話で済むことじゃないか!
と思う私の事など気にせず、社長は採用できない理由を履歴書を見ながら、丁寧に説明し始めました。

「まず、希望する年収が600万円以上とあるが当社では支払えないね。我社ではひとつの商品を販売するのに経費がこれだけかかっている。」と商品の流れを詳しく教えてくれました。

「我社での仕事は営業がメインとなるのだが、君の履歴書を見る限り、営業経験はまったくないようだね。希望する給料分の仕事を自分で見つけてくれば良いが、営業経験のない者が仕事を取れるほど簡単じゃないよ。」

「将来独立希望とがあるが、この業界でこの年齢からじゃ、難しいね。」

この人は何で呼び出したのだろう、不採用なら電話一本で済むはず。
採用しないのに詳しく説明する必要があるのか?
話を聞きながら考えても答えは見つかりません。

「当社では採用できないが、君は素晴らしいものを持っている。」

???

「給料を多く欲しいとはっきりと希望する人間はそれだけ働く意志があるってことだ。楽をしたい人間は金額の話を持ち出さないからね。
君のやる気は十分伝わってくる、君ならどんな仕事であろうと、最大に努力をするだろう。しかし、先程説明した理由から、当社では君を採用することはできないんだ。
私も若い頃には、同じ思いでがむしゃらに働いたし、趣味も車と音楽と君と一緒だ。私の若い頃と重なって、何とかしてあげたいと思ってね。そこでどうだろう、当社が取引をしている運送会社に佐川急便があるのだが・・・。
あそこはやる気が第一条件、給料も相当貰えると聞いているよ。同じ年頃の同僚も多いようだし、将来独立できるとも聞いている。君は車も好きだし、条件は悪くないと思うよ。」

佐川急便?なんじゃそれ?運送屋?

後日、面接担当の課長と一緒に佐川急便のドライバーと話ができました。やる気があれば大歓迎、彼の上司に面接を受ければ良いと助言してもらいました。

それから1週間後、初めて東京佐川急便を訪れました。
21時を過ぎているというのに、社内は活気であふれています。 満載の大型トラックから降ろした荷物はベルトコンベアに乗り、すごい速さでどこかに流れていきます。

何やら大声で叫びながら、2tトラックから裸で荷物を降ろす人、何よりもシマシャツのドライバーは例外なく、走りまわっています。
よく聞き取れない場内放送が入る度、人の動きが変わります。その動きは映画で見た軍隊のようでもあります。まだ2月下旬、寒いはずの夜空で働いている人達は、皆汗だくです。

荷降ろし場の端にある、プレハブの2階でT係長に面接を受けてもらいました。想像していた一次試験とは違い、佐川急便のことを少し教えてもらいました。

新人の給料は支給額で60万円!、がんばればそれ以上支給してくれる。
T係長が担当するドライバーは18人、平均支給額は80万円!!らしい。
出勤時間は朝6時、退社時間は21時を過ぎるとも。

新人の支給額、つまり私が入社できれば60万円くれるの?
がんばれば80万円も夢じゃない?なんて会社だ!
ここでがんばれば将来の資本金も簡単に貯まるじゃん!

厳しい仕事内容なんて、もうすっかり消えてしまいました。
帰り道の頭の中はもう給料を手にしたつもりで一杯、すでに使い道を考えていたもん。

待望の2次試験は東京店 本社ビルで人事部T部長の挨拶から始まりました。本社ビル全館に届くような大きな声での挨拶、異様にキビキビとした行動。テレビや映画の軍人のようで、特に印象に残っています。

当日60人程集まっており、面談組と身体測定組に別れました。私は身体測定から始まったのですが、面談に入ってもまったく呼ばれません。T係長からの紹介なので体に支障がなければまず合格する、そう聞いていましたが、何か関係があるのかも知れません。ようやく順番がきた頃には残り2,3名となっていました。

「佐川急便は厳しいよ。やっていく自信はあるかな?」

「私の夢を実現する近道はここにしかありません。何があっても勤め続ける自信はあります。」

実は私には大きな夢があったのです。
それは自動車整備工場を経営すること。働いただけ収入を得るために、将来は経営者になるしかないと思っていました。

「あれ、君は武蔵小金井に住んでいるじゃない、通勤は無理だよ。とても続かないよ、寮に入りなさい。」

「いや、寮は嫌です。仕事が終わった後に会社の先輩と顔を合わせたくありません。通勤する自信があるので大丈夫です。」

「絶対無理、今までそんなドライバーさんいないよ。悪いこと言わないから入寮しなよ。」

「では、私が第1号になります。」

「う〜ん、だいじょうぶかな?」

結局、私の意思が通り、無理と感じたら入寮することになりました。1時間半待った2次試験の会話はたったこれだけです。 2次試験の結果は後日郵送。これが試験かと思うほど短時間で終わりました。

私は雇ってもらえるのだろうか?
T係長の言っていたほぼ採用確実は本当かな?

不安を抱えて1週間。

私の佐川人生が始まりました。


*この内容はフィクションではありませんが、あくまで私の体験談です。現在の状況についてはお近くの佐川急便へお問い合わせください***

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