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MailMagazine:ほんとうの佐川急便  Vol.5 新人になるまで
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2001年2月23日配信 「新人」になるまで

入社したての私達はまだ「新人」にさえなれません。
体育会系でよくある、始めの何週間かは「お客様」と同じです。

私達は「お客様」で在るうちに「新人」の資格を得なければ、永遠に「ドライバー」になれません。

佐川は荷物を翌朝積み込むんですよ、知っていました?
当日、お客様から預かった荷物は帰社後すぐ発送。トラックの荷台は空にして、駐車場へ。
翌朝、ドライバーが担当のトラックに自分で積み込むのです。

これにはいくつか理由があります。

まず、部外者による盗難の防止になります。
佐川は自社が保険の代理店になっているので、同業他社と違い、お預かりする荷物の内容による金額の上限はありません。
つまり、中身がどんな高額商品でもお預かりします。

私が知る限りでさえ、常識を超えた「荷物」がありました。
大きい物では銀座の外国ブランド品は1箱で何百万もの商品が入っていたし、テレホンカード等は小さい物ながら1箱で何十万します。

さらに驚くことに、とある貴金属商へは一般の荷物に混じって、金の延べ棒(10Kg)が毎日10本程送られてきました。
いくら任意運送保険に加入しているとはいえ(実際にはまず加入していない)、高額商品をトラックに1晩中積みっぱなしにはできません。

これらの高額商品は一括して「貴重品室」で管理、保管します。
各ドライバーは担当地区の荷物を積み込んだ後、最後に貴重品室で荷物の確認をするようになっています。

これで、集荷〜配達まで誰がいつ持ち出したかのか把握でき、荷物と責任の所在がはっきりします。

翌日積み込むもうひとつの理由、それは発送された荷物を確実に配達するためです。

例えば、大阪〜東京間を考えましょう。

ドライバーは6:30に出勤し、すでに到着している関東地区、中1日かかる九州地区からの到着分を担当のトラックへ交互に積み込みます。
昨日発送された大阪店からの最終の荷物は約8時間で到着するので、配達するドライバーの手本に届くのは遅くても7:30頃になります。

佐川の商品の1つにトップ便(現在はR-Top便)があります。
これは指定した時間までに相手先へお届けする商品です。

7:30にドライバーの手元に荷物が届けば、8:00に中央区内のお客様の手元に配達可能です。
実際は殆どが9:00指定なので配達は可能です。
当時、関西からの荷物を9:000までに配達できる運送会社はありません。

お客様は一刻でも早い配達を待っている、だから配達時間ギリギリまでの到着分は全て持ち出して配達する。

顧客第一主義を掲げる佐川急便らしい一面です。
他にも色々な理由があるのでしょうが、このふたつが最も大きな理由だと思います。

江ノ島研修後、佐川急便 東京店(以下佐川)配属後、最初の仕事は「荷おろし」でした。

朝、6時30分出社、運行管理事務所に集合して点呼。
その後、着車している大型車の荷台に入り、「荷おろし」

大型トラック(以下大型)は次から次へと到着します。
営業部全車が出庫する9:00頃までの約2時間半、休むことなく働き続けます。

普段から物を移動することがないので要領がわからないのと、20代前半とはいえ体を動かす機会が減っていたせいでしょうか?
これは体に堪えました。
全身汗だくになり、寒い日なら体から湯気が立ち込めました。

9:00からホーム(積み込むための着車場所)の清掃後、30分の朝食。
その後、ホームで12:00までさらに荷おろし。

13:00までの昼食休み後はまた荷おろし。途中30分の休憩、19:00までまたまた荷おろし。
全国各地から大型は休む間もなく到着します。

荷おろし、荷おろし、荷おろし、荷おろし・・・

最初の3日でこの状況に嫌気が差したのか、1人脱落、出勤しなくなりました。
なれない単純重労働と4:30起床、この1週間は本当に疲れました。

ちなみに、東京店では積み込みや荷おろしのアルバイトはペルーの方々でした。
構内放送は日本語よりも、ペルー語の方が多かったと記憶しています。
彼らは悪さをすることもなく、真面目に働いていました。

東京でもあまり見かけないペルー人がなぜ佐川でアルバイト?
私はアルバイト募集に携ったことはないのではっきりと断言できませんが、これは盗難対策だと思います。

彼らは日本語の会話はもちろん、読み書きはまずできません。
たとえ伝票に「テレホンカード1000枚在中」と記載してあっても、彼らには荷物の中身を理解できません。

彼らにとって荷物は生活の糧であり、換金できる商品に見えることはないのです。
壊れ物等には専用のシールを貼ってあるので、シールで取扱い手順を覚えてもらえば破損等は防げます。

雇用面でも佐川にメリットがあるのでしょう、アルバイトの約9割がペルー人でした。
本当に佐川の幹部は頭が良いと感心しました。

荷おろしの1週間が過ぎ、翌週から午後はドライバーへの運転試験が始まりました。

当時のドライバーは100% SDカード(1年間無事故無違反)保持者です。
言い換えれば、事故違反があれば即座にドライバー職から外されるのですが・・・

とにかく、ドライバーは安全運転に最大の努力をするように教育されていました。

仕事ができなくてもSDを持つ者が正しい、SDがなければ、仕事がどんなにできても扱いは新人以下でした。
当然、私生活での事故違反も許されません。

しっかり半年に1回、SDカード申請でチェックします。

配属されたばかりの私達は佐川で通用する安全運転方法を身に付け、最終試験に合格しなければドライバーになれません。
合格しなければ、次期新入生に混じって荷おろしを続けなければなりません。
これだけはなんとしても避けたい。

佐川では運転時には「呼称確認」が必要で、これなしでは絶対に試験合格はありえません。
しかし、慣れない呼称確認は意外と難しく、普段から歩きながらでも呼称確認を練習しました。

その効果があったのか、試験は1回で合格しました。
このとき試験を1ヶ月連続落ちている前期の先輩が1人いましたが、 周りからは当然のようにいじめられていました。
私もちょっといじめちゃいました、Oさんごめんね。

同期生が全員運転試験を終え、配属先係も決定した2週間目に大きな事故が起こりました。
夜の荷おろし時になんと、同期生が足を大型トラックに轢かれたのです!!

証言では(残念ながら私は違う場所で作業していた)荷を積み込んで満載になった大型がホームから離れた時に荷物を1つ落としたのです。
S君はそれを拾おうとしてホーム下に下りたところ、切り替えしのために下がってきた大型に巻き込まれたと聞きました。

目前で見ていた同期生はまるでタイヤに吸い込まれていくようで、助ける事ができなかったと言っていました。
直接目撃した彼は自身の危険を感じたのか、それ以来、顔を見ることはありませんでした。

S君はその後どうなったのか?

彼は右足の親指と小指以外は複雑骨折のため切断。
満足に歩く事ができなくなったため、ドライバー職は継続不可能として断念。
数ヶ月のリハビリ後、千代田店業務課へ転属しました。

この話には裏話が残っています。

S君は佐川に入る前は弁当屋を経営、当時は奥さんが継続していました。
彼はより多くの補償金を得ようと弁当屋の知り合いと企み、病室に2人で待ち構えていたそうです。

当時の東京店社長、渡辺さんと事故を起こしたF運輸の社長が入院中のS君を見舞いに行きました。
お悔やみの言葉も終わらぬうちに、彼の知り合いは2人に対してどう補償してくれるのかと凄んだらしいのです。

渡辺社長は希望を持って佐川に入社したドライバーに対し、申し訳ないとの思いで精一杯の補償をしようと決めていたと聞いています。
いきなり金額の話をだされ、その場で1000万の現金を積み上げたそうです。
彼の知り合いは目前の金額に2度と横柄な口を開かなかったといいます。

しかし、渡辺社長の手元には5000万用意してあったそうです。
話によってはなんと、1億まで支払う手筈をとってあったと聞いています。

S君も変な欲を出さなければ一生遊んで生活できたのに・・・

渡辺社長は残りの4000万どうしたのかのなぁ?
示談手数料としてもらっちゃったんだろうな。
佐川ってそうゆう会社だもんなぁ。

入社早々、大きな事件と共にようやく新人になれたのでした。

*この内容はフィクションではありませんが、あくまで私の体験談です。現在の状況についてはお近くの佐川急便へお問い合わせください***

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