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MailMagazine:ほんとうの佐川急便 Vol.40 時代
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新年あけましておめでとうございます。

みなさんの声援だけがメールマガジン配信の原動力です。
今年も心強い応援よろしくお願いします。

佐川急便でまた事件が起こっていますね。

ユニークなのは、この事件が東京佐川急便時代にA常務が数分で解任された当時の内容とよく似ていることです。

因果応報、、、でしょうか?

だとすれば当時のような大きな変化が起こるのでしょうか?
今は他人事ながら、心配になってしまいます。

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ある読者の方(仮に小泉さんとします)から感想をいただきました。
小泉さんは私が佐川急便(以下佐川)へ入社する3年程前に東京佐川を退社したそうです。
そして何回かメールのやり取りで面白いことがわかりました。
同じ東京店に勤めていた小泉さんのイメージする佐川と私のイメージする佐川が全く違うのです。

私が勤めていた当時、出庫時間は早くても8時30分。
担当コース到着までに約30分かかるので、私は9時TOP(時間指定便)が3件到着するとその責任感から生きた心地がしませんでした。

また配達物は発店(荷物を出荷するお店)任せ、お客様の要望を断らない佐川では何でも何個でも配達します。
配達店のDRは当日の朝(課の配達物を積込んだ)大型(トラック)荷降ろしの瞬間まで何が到着しているか知りません。

荷台いっぱいに積込んだ最後の最後に原反(布の巻物)が100本、デスクトップパソコン50個口、中古ビデオ100個パックされた荷物50個口、1才の重要書類が150個・・・

荷物がベルトコンベアで流れて来てから改めて荷台の中を積み替える、そんな作業は日常茶飯事でした。
他の先輩達はそれぞれの作業で手一杯、私の積み込みを手伝うことはありません。

これは配達時も同じでした。
朝の積み込みを見ていれば配達に時間がかかるのは知っているはずなのです
が、配達が終わった先輩が助けにくる事はありません。

追加の荷物が日に3回到着するので、新人の頃はとにかく1日中配達、配達。
お客様と無線室に怒られながら1日が終わっていました。

「佐川で生き残るコツは仕事をうまく他人を使うこと」

私が入社して最初に聞いた先輩の言葉でした。
まさにこの言葉を実行している先輩達が新人の私を助けにくるはずがありません。

まあ、私自身お金だけが目的で入社した会社です。
みんなで協力して素晴らしい会社にしょう!、、、そんなことは夢にも思っていません。
私は毎日飯も食えずただただ集配に追われ、先輩達を見返す日だけを目標にしていました。

しかし小泉さんがDRだった頃、たった3年前は全く違ったのだそうです。
配達はもちろん、集荷もお互いに助け合っていたそうです。

また入社した新人は大事に育てることを第一に考え、決して無理な仕事を任せることはなかったそうです。
何とか早く1人前にしようと係全体で新人をかばっていたのだそうです。

小泉さんと私は3年の差ですから、私が入社した時にはまだ小泉さんの同僚が大勢いました。
また小泉さんが所属していた係は私が配属された隣の係ということもあり、よく知る先輩達の名前が多く出てきました。

荷台の前方だけに荷物を壁のように積んで集荷を断った東山さん、他社の荷物を集荷して伝票を手書きするのが嫌で集荷を断る藤田さん、定期集荷時間外の荷物は必ず後輩に集荷させる大岡さん(みなさん当然仮名です、誤解しないでね)。

私の記憶の残る先輩達と小泉さんの知る彼らとは全く違っています。
東山さんがそんなことするとは思えない、藤田さんは仕事熱心ないい奴だった、大岡さんは後輩に優しい奴だった・・・

メールを読めば読むほど、私の記憶は間違っているのでは?と疑いたくなる内容です。
小泉さんのメールが嘘でなく、私の記憶が間違ってないなら、人間はそんな短期間で変わるものなのだろうか??

小泉さんが働いていた当時は係長や班長はすべてのコースを把握し、欠員があったら担当DRよりも早く、しかも確実に集配ができたそうです。
また私が配属された係は「後輩の面倒見の良さとアットホームな温かい人間関係で「新人が一人も潰れない係」として結構有名だった」、、、

そこでふと気が付きました。

小泉さんが働いていた当時との大きな違いは上司が全く違うのです。
当時小泉さんが知る上司はほぼ全員が退職なさっていました。

私が入社した時は班長制度はなかったし、係長はどのコースを乗ることもできませんでした。
東京店内でローカル・本線便の誘導、東京ブロック各店への指示などなど。
係長の主な仕事はDRの面倒よりも、東京店を運営することが大きな役目となっていました。

コースを担当するDRが集配業務が終われば帰社するように、係長は用事があると東京店内の作業が落ち着くと帰宅することもありました。
私が遅く帰社したら係長はすで帰路、そんなことも何回かありました。

小泉さんも指摘していましたが、やはり上司の存在は大きいようです。
上司は会社の顔ですから、上司がいい加減だと会社がしっかりとしていないということになるのでしょう。

お客様のために担当DRがどんなにがんばっても、会社ができないこと=上司が認めないことは絶対に継続できません。
また今回のようにたった3年で現場の空気ががらっと変わってしまうこともあるようです。

佐川に元気がなくなったと言われて久しいですが、きっと今の現場には私の知る佐川ではないのでしょうね。
なんだか寂しくなってしまします。

*この内容はフィクションではありませんが、あくまで私の体験談です。現在の状況についてはお近くの佐川急便へお問い合わせください***

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